初めてGT-Rに出会ったのはR34型ではなく、R33型。それも、現実では無くゲームの中で知った。1997年11月頃からゲーム屋の店頭にグランツーリスモのデモ版が設置されて、ひたすらBCNR33でハイスピードリンクを走っていたのは今でも鮮明に覚えている。どう頑張っても加速でNSXに勝てずに苦戦したことも。
発売日の1997年12月23日にオレの父がクリスマスプレゼントとして母からもらっていた。父はそんなにレースゲームが好きなわけではなく、ゲーム自体も暇な時間が合ったらプレイする程度のはまり具合だったので、未だになぜクリスマスプレゼントに「グランツーリスモ」を選択したのかは謎だ。しかし、この出会いがオレをクルマ好きにさせるのに十分な出来事だった。
時代は進み、1999年にBNR34の発売が始まった。キャッチコピーは「人に翼を」。スカイライン10代目のR34がGT-R最後の世代となった。その頃オレは同年に発売されてこのBNR34を収録していたグランツーリスモ2をプレイしているかというと、全くプレイしていない。購入すらしていなかった。なぜなら父はオレにプレステを貸してくれないからだ。
そんな事情もあり1997年から2001年ぐらいまでは初代GTでBCNR33をレーシングモディファイした車両で遊んでいた記憶がある。もちろん父は全然オレにプレステを貸してくれないので、基本的にはGBCのソフトで遊んでいた。
ある時わが家にも転機が訪れた。PS2が次のハードの購入候補にあがったのだ。しかし、残念ながら採用されたのは64DD。盛大にハズレを引いてしまった。あまりにもハズレだったのが効いたのかはわからないけど、いつしかPS2がやってきた。そして、「グランツーリスモ3」を購入したのはおそらく2002年になるかならないかぐらいの時だった。これがオレとBNR34の初めての出会い。思えば、既にこのとき一目惚れしていたのだろう。
その後BNR34を使い続けた結果、ほどよい厳つさ、どこから見ても美しい車体デザイン、絶対王者的な走行性能に惚れ続けた。
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アーケードのレースゲームにハマる
自宅でデュアルショック2でBNR34を運転するのにも飽きてきた小学生後半。ハンドルとペダルがあるアーケード筐体でプレイするのが楽しくて当時地元の近くにあった「頭文字D Arcade Stage Ver.2」にハマる。当時セーブデータが記憶できる筐体は頭文字Dぐらいしか無くて、小学校の友達と共にプレイしにゲーセンに行きまくっていた。もちろんクルマはBNR34。
ただし、頭文字Dでは何故か加速がAE86と変わらないというクソみたいなクルマに設定されている。それでも当時は「絶対に34で峠をクリアする」という謎のプライドがあった記憶がある。
オレのスキルと出会いを拡張したGTASAとMOD
これまた人生の大部分を動かしてくれた名作「GTASA(Grand Theft Auto:San Andreas)」は省くわけにはいかないだろう。GTAシリーズ自体は3から知ってはいたけど、GTASAはオレにとって初めてのPC版ゲームソフトだった。GTASAを購入しようとした理由は一つ。「BNR34が使えるらしい」からだ。
ネット上でGTASAにBNR34を出現させて遊んでいる画像があって、その1枚を見てMODを調べていき今に至るといっても過言では無い。とにかくGTASAは色んなスキルを学ぶ題材としては最高だった。画像編集・加工、動画編集・加工、モデリング、音楽制作等、中心にあったのはいつもGTASAだった。
そして、GTASAを通して様々な出会いがあった。今でも少なくない人数とその関係は消えていない。ケーブル(回線)一本の関係だって当時から言っていたけど、相当太いケーブルだったんだと今でも思う。
エンジンのある生活に憧れてZZR400(ジャ娘)との出会う
元々バイクには全く興味が無かった。とりあえず18歳でクルマの免許を取ってクルマに乗るというビジョンが強かった。だがその考えはパチンコで生活費を稼いで、パチンコで浪費するある友人によって壊された。
確かその友人が「ホンダ エイプ」に乗っていて、エンジンのある生活に魅力を感じてしまった事が原因だと記憶している。あれがなかったら、ZZR400には乗っていなかったと思う。
ジャ娘はホントに乗りやすかった。600のフレームが原因なのか重量があり過ぎて400ccではトルク不足感は否めないが、扱いやすく走りやすいマシンだった。
今でも元気に走っているのか凄く気になる。できれば会いたいけど所在は不明である。
1台目のクルマは日産ステージア WGC34(ステ娘)を引き継ぐ
オレの記憶ではわが家のクルマ遍歴は「トヨタ コロナクーペ」→「日産 ステージア 25X」→「日産 ステージア RS(ステ娘)」といった感じだった。ステージアは前期型から後期型に2~3年ぐらいで乗り換えたが、後期型は結局オレが引き継いだ期間を合わせて14年間乗っていた。
ステージアは燃費を除けば凄い良い子で、物はめっちゃ乗るし、そこそこ走れるしでオレの中でもとても好印象だ。ただし、燃費は最悪5km/Lというルカ娘を下回る性能。故障も純正ナビのメモリ故障とイグニッションコイルが1発死ぬというRBエンジンの持病みたいな故障しか発生しなかったので、かなり優秀だと思う。
そんなステージアとの別れを決別した大きな理由は、大本命BNR34に1日乗る機会があった日に起きた。その日はツーリングから私有地の庭で性能テストをする機会があり、100km/hから200km/hの加速を体験することができた。この加速感に完全に魅せられてしまった。ホントに一瞬である。
その後、やはり税金も保険も燃費もBNR34と大して変わらないことから、維持費(通常走行なら)もほぼ変わらないのでステ娘とはお別れをしてしまった。
この子も今どこで、何をしているのか。元気に走っているのか非常に気になる。しかし、所在は不明である。
ようやく出会えた日産スカイラインGT-R BNR34(ルカ娘)
やっと出会うことができたオレの大本命BNR34。2016年の抱負は「BNR34を購入する」と決めた。1月から探し始めて、7月末にようやく出会うことができた。ホントにこの期間は長かった。
ご存じの方も多いと思うが、R32からR34 GT-Rの中古車市場が近年一気に値上がりしている。特にR32やR34は顕著に表れている。1月から相場はBNR34しか見ていないのでわからないが、今年に入ってから100万以上は値上がりしていると感じる。というか、基本的に日本のスポーツカーは値上がり傾向にあるので全体的に値上がっている。
修復歴ありで15万キロ付近の中身が得体の知れないお化けクルマの様な車体でも、BNR34は350万円を超えて店頭に並んでいる。なかなか素晴らしいプライスである。
そんなルカ娘は全込み乗りだし価格でだいたい500万円。整備記録簿や今までのオーナーの情報も全てそろっているし、この子に何がされて、何が起こったのかも明確な車体。低走行でアピールされているクルマよりも、キチンと整備されてきたことがわかる、クルマの方がオレ的には何倍も安心できる良車両だと思う。
コレがオレがBNR34と知り合ってから出会うまでの全て。
今後はルカ娘とまた様々な事に挑戦していくのでご期待下さい。
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